プロフィール 2016年10月再編集済

SPONSORED LINK




黒洲三郎プロフィール

 

ブログを訪問いただきありがとうございます。
このブログを運営しております黒洲三郎と言います。
どうぞよろしくお願いします。


私はこのブログを通して出来れば多くの人と交流を
持って行けたら、と考えています。
まずは皆さんに私という人間がどういう人間かを
イメージしていただけるように自己紹介をしたいと思います。

 


それでは私の自己紹介を。


2016年10月現在40歳になります。
本業(専門職&コンサル業務)の傍ら、FX裁量トレードをしています。


FX歴は既に7年ほどになります。


小さい頃から漠然とお金持ちになりたい、
という思いは持っていたと思います。


小学生のころのなりたい職業が、
「医者かパイロット」でしたから。


要は給料の良い職業、
ということです。


貧しい家庭環境に育ったことも多いに影響していると思いますが、
最近になって、以前にも増してより
「お金を稼ぐこと」「社会に貢献・還元すること」
を真剣に考えるようになりました。


その理由をお話するには、
少々深く私の過去について話す必要があります。


少しテンションが下がるような話も出てきますがご容赦を。

 

 

私のバックグラウンド


昭和50年、地方の田舎町で生まれます。
家は貧乏でしたが、両親は本当に愛情を持って
私達兄弟(私が長男で、下に妹と弟)を育ててくれました。


勉強は比較的良くできました。
高校は進学校に進み、一年の浪人後に大学入学、
さらには良い職業に就くこともできました。


貧しい家庭の中にあって、
多額の教育費を負担してくれた両親には本当に
感謝しています。

・・・

・・・

・・・

このように書くと順調な人生を歩んでいるような
印象を持たれるかもしれいませんが、
内実は少々異なります。


私の育った環境は決して安穏たるものではなかったですし、
一方でその環境こそが今の私を形作っている
重要なバックグラウンドとなっていると思っています。


平時の父は優しく子供思いの人間ですが、
酒癖が悪く、酒を飲むと毎回のように母親に
暴力をふるっていました。


幼少時は本当に恐ろしかったです。
その暴力の光景を目の当たりにするのが。
これが本当に同じ人間なのだろうか?と。


周りの家にも明らかに聞こえるほどの罵声や
雑音、しかし誰も助けてくれる人はいませんでした。


そういうものかもしれません。
皆、分かっていても立ち入れない領域だったのかも
しれません。


現在のように、
「ドメスティックバイオレンス」という言葉自体が
認識されていない時代でした。


暴力の対象は母親と祖母(父の実の母)。


性質の悪いことに、父親は酒に酔って暴力を
振った記憶は、翌日には一切ないのです。


しかし、顔が腫れ、唇から血を流している
母親の顔を見れば、自分が何をしたのかを
当然分かってはいたのでしょう。


自責の念を感じてはいたようでした。


家は日蓮宗でしたが、
よく早朝から水業に出かけたりしていました。


しかし、酒の魔力は恐ろしく、
その性質は何十年も変わりませんでした。
いや、結局のところ、その矛先がいなくなって
しまっただけで、今も何も変わってはいないのです。


私達兄弟のために耐え、
苦労ばかりの人生を送ってきた母親は、
2010年1月にあっけなく脳梗塞で他界してしまいました。


心房細動で血栓が頸動脈に詰まり、脳の半分がやられて
しまい、脳浮腫が進行し救急車で搬送され24時間も
経たないうちに。本当にあっという間でした。


父親が定年後、年金生活に入ると生活が苦しくなって、
度々私の所へ母親が申し訳なさそうに電話してきていました。


両親の生活が苦しい状況は理解していたのですが、
こちらも当時少しお金に苦労していた状況もあり、
ある日電話がかかってきた時に、
「いつもいつもお金の話ばかりだ!」という冷たい態度を
とってしまいました。


ですが、それが母親との最後の会話になってしまいました。


弟から母が倒れたという連絡を受け、
故郷へ向かう電車の中で、
母が亡くなった、というメールが妹から届きました。


私は母の最期に間に合う事が出来ませんでした。


「後悔先に立たず」


こんな最悪の形でこの言葉の意味を思い知らされるなんて・・
病院へ向かう電車の中で、
人目も憚らず泣きました。
涙を抑えることが出来ませんでした。


病院に到着した時、
母の頭は包帯で巻かれ、
瞼は強く浮腫んでいました。


しばらく顔を見せることが出来ていなかった、
私の娘・・・彼女の孫の姿を一目でもいいから、
見せてあげたかった。

・・・

・・・

 

人の優しさ、故郷の現実


母の葬儀の時、
周囲の人が本当によくしてくれました。
私の育ったところは田舎でしたから、
都会に比べれば近所付き合いは多いことは
当然ですが、それを差し引いたとしても、
この人達の優しさには本当に感謝の気持ちで
いっぱいになりました。


母の死をきっかけに、
この人達の優しさに何か恩返しはできないだろうか?
と真剣に考えるようになりました。
いやもっと言えば、この廃れゆく一方の町を
自分の力で何とかできないだろうか?
と考えるようになりました。


と同時に、もう少し自分が「お金」を持っていたら、
母親との最後の別れも違った形になったかもしれない

とも思いました。


お金があれば幸せになれるとは当然ながら考えていませんが、
お金がないために不幸になることがある、これは真実だと
思います。


私が生まれた町の人々は高齢者が多く、
しかも田舎ですのでネット環境を十分に活用できる人も
少ないのが現状かも知れません。


若い人は都会へ出ていきます。
仕事がありませんから残りたくても残れない。
また、地元に残ろうと思うほどの魅力も
既にその町には無いのが現実。


町に住む人々は今の生活を維持することに精一杯で、
未来への希望を抱けていない可能性もあります。


過疎化の進む町の現実です。

 

自分にできること


母親の死は明らかに私に大きな影響を及ぼしました。
と同時に、周囲の人の優しさ・温かさには、
心の底から感動させられました。


相手を思いやる心・・・
自分を育ててくれた故郷・・・


自分も何か恩返しをしたい。
そう思うようになりました。


幸いにも私は今、恵まれた環境にいます。
毎日仕事があり、安定した収入もある。
生活していく分には特別困らないし、家族もいる。


周囲には私を助けてくれる友人もいます。


情報を得ようと思えば、ネットがあります。
私自身のネット環境やパソコンを扱う力は極めて
一般的レベルですが、そこから得られるものが大きいことを知っています。


FXや海外投資、アフィリエイトなどのビジネスがあることを
知っている・・・


それだけでも既に私にはアドバンテージがある、
(もちろんこのブログを今読んでいる皆さんにも)
と言えると思うのです。


後はそれらをどう身につけるか?
それを身につけて得られるものの大きさを理解できますので、
フォーカスして努力と勉強を積み重ねればよいと思っています。

 

FXや海外投資でお金を稼ぎ、
それを故郷の町の人々のため、
あるいは社会貢献に使う。


これが自分がやるべきことだと思っています。

 

 

数字を意識した根拠ある情報提供


ブログを運営する自分の中にあるものは、
上記に記しました。そして、実際のブログ運営にあたっては、
「数字」を意識して取り組みたいと考えたいと思っています。

 

FXなどは能書き、レビュー云々など言わばどうでもよく、
実際の数字がすべてです。私は所謂アフィリエイト目的のみの
レビュアーではなく、現役の裁量トレーダーですから、
この点においては核心的な情報提供が可能です。

 

また、FXの成績など、その数字を偽りなく公開していくこと、
これが信頼性のあるブログ運営であると考えています。

 

何かしら読者の方の参考になれば幸いです。

2件のコメント

  • 初めまして。たまたま通りかかりましたが、大変、率直で真面目なレビューをされていて、驚きました。ほとんどのレビュー記事は、役に立ちませんから。これほどの人はどんなバックグランドがあるんだろう、と思って、プロフィールを拝見しました。正しく、立派な方であると感じ入りました。どうぞ、お互いに頑張って行きましょう。ご活躍のほど祈念致しております。

    • 黒洲三郎 黒洲三郎

      アサダさん

      コメントありがとうございます。
      また、レビュー記事が少しはお役に立てたようでなによりです。

      ブログを通して交流できれば幸いです。
      宜しくお願いします。